12/25, 109日目
南半球で過ごす初めての年末年始。ヨーロッパで迎えたことのある年末年始とは大いに異なり、夏空の下、牧草地のそよ風を感じながら過ごしている。
今日はクリスマス。南アフリカにいた頃もだが、コモンウェルスであるニュージーランドでもキリスト教は一般的で、日本の魔改造されたそれとは異なる本来のクリスマスを迎えている。
ホリデー期間ということで、リラックスした雰囲気の中、今年を振り返る。特に、この2ヶ月間の養鹿に対する学びは非常に大きい。とりわけ、動物福祉(Animal Welfare)に関する理解はロトルアにいた頃とは比較にならない。
ニュージーランドでは11~12月は鹿の出産の時期で、親子での放牧と授乳の様子が見られるのはこの時期ならではかもしれない。動物福祉の原則とも言えるFive Freedoms。その4つ目にあたる「Free to express normal behavior」は実は最も見落とされがちだ。その他の原則が「飢えや渇きからの自由」「不快からの自由」「痛み、傷害、疾病からの自由」「恐怖や苦痛からの自由」という"ネガティブ要素を与えない"というコンセプトであるのに対し、「正常な行動を表現する自由」は"ポジティブ要素を与える"というコンセプトである。
よもすれば不要、手間と考えられがちなこの原則。日本の現場を振り返ったときに、どれほど実現できているか考えさせられる。ニュージーランドの養鹿マニュアルでは、これらに対して科学的な根拠も与えながら、経済合理性と福祉、双方の実現を図っている。

また、マニュアルの中では当然のようにGHG排出量の測定についても言及されているのが興味深い。牧草地でのGHG排出量算出に四苦八苦した経験があるだけに、メジャーな羊や牛ではなく、鹿でも当然に手法が確立されている点に先進性を感じる。
主要な養鹿産業事業者が組合としてDINZと共に推進しているのが、P2Pという取り組みである。IT関係者なら、Peer to Peerを思い浮かべるだろうが、これはPassion to Profitの略で、鹿肉のマーケティング、付加価値向上を主に目標としている。付加価値を紐解けば、品質の向上であり、ストーリーの構築であり、それはアニマルウェルフェアの実現を必要条件としている。
栄養状態、寄生虫の駆除、ワクチン投与、総称してのAnimal Health Planning。適切な除角、ストレスの少ない飼育環境、群れと繁殖のマネジメント、環境負荷への考慮、移送と屠殺の手法、枝肉の管理とその他の部位の活用および処理、販売とマーケティング。これらの基本的なライフサイクルに加えて、品種改良や遺伝子検査といった先端技術の導入。日本の畜産でも同様の取り組みはされているが、効果的なLCAやサプライチェーンの最適化等と、軽い口でコンサルぶっていたこれまでの自分が恥ずかしい。寄生虫の駆除ひとつとっても凄まじい労力だ。
産業として必要な要素が手触りを持って一つ一つ見えてきた一方、その一つ一つの実現のハードルが本当に高く感じる。これをアカシカのような家畜に限りなく近い上に外来の品種ではなく、在来の野生そのものであるエゾシカで。自分もまた、30年の覚悟で持って臨む必要があると考えさせられる。しかし、飛び込んだ先でまた新しく見つけたものがあるのも事実だ。過程自体が幸せになるような、そんな道筋が描かれている気がする。伝統菓子のパブロバを食べながら、壁にかかる一節を眺める。


Happiness is something to love, something to do, and something to hope for. William Blake
Etwas zu tun haben, etwas zu lieben haben und etwas zu hoffen haben. Immanuel Kant
取るに足らない存在なのだから、すべてを預けて、ゆだねて、マラソンを続ける。確かに、走っている時のしんどさに対して、「でもアイアンマンの方がもっとしんどいよ?」と言われても、「知ったこっちゃねえ!」としか返せないよな、と笑ってしまう。巨大な図書館にアクセスできるようになった今、歴史の中で耕された知恵の力を借りながら、自分もまたその知恵に一冊でも加えられるようになりたいと思う。